沿革
- 昭和13年(1938)
- 「皇紀2600年記念事業」の橿原神宮外苑整備事業に伴い、奈良県史蹟名勝天然記念物調査会委員の故末永雅雄博士が橿原遺跡の調査を担当。
- 奈良県工事事務所の一画に調査事務所を設け、9月13日より末永博士が現地で調査指揮にあたったことから、この日をもって橿原考古学研究所の創立記念日とする。
- 昭和15年(1940)
- 11月、原田積善会などの寄付により大和国史館が設立される。
- 昭和24年(1949)
- 7月、大和国史館を大和歴史館と改称。
- 昭和25年(1950)
- 文化財保護法の施行に応じて、奈良県教育委員会に文化財保存課設置
- 昭和26年(1951)
- 5月、橿原考古学研究所設置規則(奈良県教育委員会規則第4号)により、埋蔵文化財調査研究機関として設置。末永所長以下、研究員は非常勤職員で構成。
- 研究所紀要「考古学論攷」、連絡紙「青陵」の刊行開始。
- 7月、大和歴史館が博物館法による博物館相当施設として認可される。
- 昭和37年(1962)
- 論文集「近畿古文化論攷」出版。以後5年おきに論集出版。
- 昭和42年(1967)
- 11月、大和歴史館の南側に研究所新舎屋完成。
- 昭和43年(1968)
- 1月、研究所協力員を設ける。
- 4月、大和歴史館が博物館法による博物館として登録される。
- 昭和45年(1970)
- 4月、大和歴史館を橿原公苑考古博物館と改称。
- 奈良県教育委員会に遺跡調査室設置。室員は研究所員を兼務し、研究所創設以来はじめての常勤職員となる。
- 昭和48年(1973)
- 4月、奈良県立考古博物館条例(奈良県条例第31号)により、橿原公苑考古博物館が奈良県立考古博物館として橿原公苑事務所から独立。
- 昭和49年(1974)
- 4月、奈良県立橿原考古学研究所条例(奈良県条例第36号)と奈良県立橿原考古学研究所管理運営規則(奈良県教育委員会規則第3号)により、所長・副所長の下に研究部・総務課・調査課を置き、所長の諮問機関として企画運営委員会を設ける。
- 奈良県立考古博物館が研究所附属考古博物館となる。
- 遺跡調査室を文化財保存課に統合。室員は橿原考古学研究所勤務となる。
- 橿原考古学研究所年報の刊行開始。
- 協力員を研究嘱託と改称。
- 昭和55年(1980)
- 4月、奈良県立橿原考古学研究所条例の改正(奈良県条例第23号)により、附属考古博物館を附属博物館と改称。
- 10月、附属博物館新館完成。
- 昭和59年(1984)
- 研究部の研究員を指導研究員と改称。
- 平成元年(1989)
- 4月、研究部を調査研究部に改め、調査課を調査第1課(県北部担当)と第2課(県南部担当)に分ける。
- 平成2年(1990)
- 3月、橿原市御坊町に収蔵棟竣工。
- 平成4年(1992)
- 文部省科学研究費申請団体に認定される。
- 4月、調査研究部に資料室を置く。
- 5月、研究所本館・保存科学棟竣工(9月開館)。
- 平成5年(1992)
- 調査研究部に研究顧問、共同研究員を置く。
- 平成9年(1997)
- 10月、附属博物館リニューアルエ事完成。